ノンフィクション細腕繁盛記

伊豆熱川にある宿・楽風雅殿(らふうガーデン)のオーナーシェフの日記。日々のできごとや辺りの歳時記などをドタバタ喜劇でご紹介します。 いやぁ、涙なくしては語れません。ホント。。

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伊豆探訪

旧道沿いには 昔の名残がありまして。
今日は・・「ボ泣き石」と「河津三郎さん」のお話。


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江戸城を築城の際 この東伊豆から切り出した石が使われました。
労働を強いられたのは この辺りの村人で あまりの石の重さに泣いたから・・とか
石がこの村から離れたくないから 泣いた・・など 
ボ泣き・・という名前の由来はいろんな説があります。

こんな石は あちこちにあります。
お隣、北川や稲取にもあるし町役場にも あるんです・・。
それだけ 大変だったんですね。

刻印があるのが見えますか?
西国大名の刻印だそう。
なぜ、西国大名? といえば、西国の諸大名の力を落とすため・・なのだそうです。


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旧道には  もうひとつ 曽我物語にもなっている 河津三郎さんが
命を落とした場所があります。
この奥です。

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良い国作ろうの1192年の鎌倉幕府よりも前の出来事です。


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血塚から さらに奥はこんな道が伸びています。
この道は 旧道よりも歴史が古く 
吉田松陰さんは この道を通って下田まで行ったそうです。
ただ、草木が鬱蒼としていて 暗いし 細い道。
先は道が荒れていて 通ることはできないです。


そうそう。
先ほどのボ泣き石の続きですけれど。
町の活性化のために「御石曳」というお祭りが復活しました。
10月23日(土)
今年で3回目だそうです。

御石曳


実は記念すべき第一回目の御石曳を見に行きました。
初めてだからかもしれませんが、
石に乗っている人が 一生懸命 号令をかけても(曳き手はたくさんいるのに)
石はビクともしませんでした。(笑)
そのうち 業を煮やして 年配の人が観客席から出てきて ようやく石は動きました。
こういった お祭りは
受け伝える人と 引き継ぐ人が一体となってこそ 形になるんだなぁ・・と
思いました。

よろしければ お出かけください。
伊豆熱川 楽風雅殿
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